幸せと感覚の鋭鈍
感覚の鋭い人が損をしている気がする。
鈍感であれば、無駄なことを考えなくて済む(ように見える)。
感覚が鋭いほうがアーティスティックにものごとを見れるし、楽しめることも多いとは思う。
でも、見なくて良い部分まで見えて疲れるというデメリットがある。
感受性の高さは、人を思いやる点では有利に働く。でも、人と接するときに情報量が多すぎて疲れる。
知らぬが仏で鈍感なほうが幸せな気がする。そうなったことないからわかんないけど。
でも鈍感であれば、「鋭敏な人がどう考えているか」なんて考えないか。
ちょっと違うけど思い出したこと
- 「鋭にして鈍」なれ