<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" ><generator uri="https://jekyllrb.com/" version="3.10.0">Jekyll</generator><link href="pensee.netlify.app/feed.xml" rel="self" type="application/atom+xml" /><link href="pensee.netlify.app/" rel="alternate" type="text/html" /><updated>2025-07-15T09:48:04+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/feed.xml</id><title type="html">パンセ</title><subtitle>そこはかとなく書きつくったもの</subtitle><author><name>彼</name></author><entry><title type="html">老い</title><link href="pensee.netlify.app/poem/does-growing-old-mean-getting-worse/" rel="alternate" type="text/html" title="老い" /><published>2025-07-15T00:00:00+00:00</published><updated>2025-07-15T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/does-growing-old-mean-getting-worse</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/does-growing-old-mean-getting-worse/"><![CDATA[<p>老いが怖いと思う機会が増えた。</p>

<p>自分自身の魅力・存在価値は、頭の良さにのみあると考えている。老いるとそれらが鈍っていく。すでに鈍りつつある。</p>

<p>明らかに5,60代向けの老いの意味を問う本を手に取りかけたくらい自分としては真剣に悩んでいる。</p>

<p>こんなことを周りに打ち明けたところで、「まだ若い」と上辺だけで慰められるだけで終わるのが関の山だろう。（同年代や少し上くらい世代の人に深刻な問題と考えている人は居ないだろうから仕方のないことだけれど）</p>

<p>老いることで “味” が出るという考え方もあるだろう。</p>

<p>しかし、それはその人の魅力が生きている時間と比例して増幅する性質のものだからにすぎない。たとえば、立ち居振る舞いに余裕がある人は、人生経験が増すことでその振る舞いに説得力が増していくだろう。</p>

<p>ほとんどの場合は魅力が減少する。判断力・体力の鈍りをカバーするために、経験や小手先のテクニックで問題を自分でも解けるに落とし込んでいるにすぎない。</p>

<p>これには、過去に似た事例がある多くの問題を効率的に解けるというメリットがある。「歴史は繰り返す」とも言うし、パターンマッチング的なアプローチを合理的とは思う。</p>

<p>でも私は、「本当にそれで良いのか」と思ってしまう。過去の問題の解を覚えておいて、「今回も同じような結論だろう」といった具合ですべての問題を対処してしまう。頭の良さだけでアイデンティティを保っている人間が存在している意味はあるのだろうか？類似度のベクトルを出して同じ論理構造を当てはめるだけならAIでもできる。</p>

<p>“思考のるつぼ” に様々な知識を混ぜ込み、化学反応を起こしてこそ、人間に価値があると思う。</p>

<p>せっかくたくさんの知識・経験をるつぼに入れても、化学反応を起こすための炉 （＝頭の良さ）が使い物にならないなら反応は起きない。<br />
反応は起こせないから、過去の似た化学反応テンプレートを当てはめて反応を起こした結果を予測しているだけ。適用範囲内なら良いけれど、予測したい事象はどれくらい適用範囲内なのだろう。</p>

<p>地位が上がれば、周りからエネルギーを提供してもらって化学反応を起こす事もできるのだろうか。それは「本人の力」なのだろうか。。。</p>

<p>とはいえ、そんな事を考えても不幸せなので、マルクス・アウレリウス・アントニヌスも記した通り、「今を生きる」のが最善なのだろう。</p>

<p>と、我ながら元も子もないことを思った。このあたりでやめておこう。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="老い" /></entry><entry><title type="html">偏見と確率</title><link href="pensee.netlify.app/poem/bias-and-probability/" rel="alternate" type="text/html" title="偏見と確率" /><published>2024-06-01T00:00:00+00:00</published><updated>2024-06-01T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/bias-and-probability</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/bias-and-probability/"><![CDATA[<p>ACジャパンの下記のCMをラジオでよく聴く。</p>

<blockquote>
  <p>ＳＥ: 包丁で野菜を切る音。<br />
ナレーション: キッチンで夕食の支度をする人がいます。<br />
ＳＥ: オフィスの環境音<br />
ナレーション: オフィスで部下の資料に目を通す人がいます。<br />
ＳＥ: レストランの環境音<br />
ナレーション: 夜景の見えるレストランで支払いをする人がいます。<br />
ＳＥ: 黒板にチョークで字を書く音<br />
ナレーション: パイロットになる夢を発表する子どもがいます。<br />
ナレーション: 想像したのは男性の姿ですか？女性の姿ですか？<br />
ナレーション: 無意識の偏見に気づくことから、はじめませんか。<br />
ＣＩ: ＡＣジャパン</p>

  <p><cite><a href="https://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/self_all_02.html">聞こえてきた声（全国キャンペーン）</a></cite></p>
</blockquote>

<p>コンセプトはわかる。そういう偏見を持っている人はいると思うから啓蒙活動としてはなしではないかなと思う。</p>

<p>しかし、確率論的に “よりありそうなほう” を想像してしまうのは仕方ないような気がする。</p>

<p>実際、現時点で年収が多いのが男性が多いことや、パイロットが多いというのは事実であり、知識のある人はそちらで想像するのも無理ないと思う。<br />
(このことが “悪気のない偏見” と考えてのあのCMだと思うのだが…)。</p>

<p>可能性が低いことを排除するのは、悪いことでないように私には思える。効率的に物事を考えるためには合理的な方法だからだ。小説内の優れた探偵もよくとる手法である。</p>

<p>もちろんその他の可能性を完全にないと決めつけるのはよくない。しかし、多くの場合は「その方が確率が高い」と考えているに過ぎないと思う。<br />
「AとBという条件を踏まえるとCである可能性が高い」と「AとBなら絶対Cじゃなきゃいけない」は違うと思う。</p>

<p>さらに、当然ながら、言葉にすることと想像することは違うとも思ってしまう。“思ってしまう” までは、仕方なく、相手を配慮してそれを発しなければ良いのではないかと。</p>

<p>とはいえ、実際に決めつけで不愉快になる人もいるだろうし、CMという短い時間で伝えるにはこのように少し荒っぽい表現になってしまっても仕方ないとも思う。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="偏見" /><category term="確率" /><category term="想像" /></entry><entry><title type="html">娯楽に含まれるメッセージ</title><link href="pensee.netlify.app/poem/entertainment-with-messages/" rel="alternate" type="text/html" title="娯楽に含まれるメッセージ" /><published>2024-04-28T00:00:00+00:00</published><updated>2024-04-28T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/entertainment-with-messages</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/entertainment-with-messages/"><![CDATA[<p>娯楽は、示唆を与えなければ与えないほど良い。</p>

<p>最近の映画やドラマ、アニメなどの作品の多くは、社会的な「メッセージ」が込められている。<br />
たとえば、「人種差別をすべきではない」とか、「戦争は良くないです、やめましょう」とか、「弱いものを助けましょう」とか。</p>

<p>それが悪いことだとは全く思わない。教育的に良いものだってあるかもしれない。</p>

<p>ただ、社会的なメッセージが込められた時点で、娯楽ではなくなってしまうように感じる。<br />
純粋に楽しむことができず、そのメッセージに賛成するか反対するかと、批評的な立場でその作品に向き合うことになる。</p>

<p>別の側面で、もう娯楽においてまで頭を使わせないでほしいという個人的な願望もある。</p>

<p>勝手に共感しすぎてしまうところがあり、思いを馳せすぎると疲れてしまうから敢えて情報をシャットアウトしている部分もあるのに、それを伝えてこないでほしいと思っている。<br />
タイムラインから不快なものが流れてくるのと感覚が同じ。</p>

<p>人間として良くないのかもしれないが、自分の身を守るにはそうするしかないのもわかってほしい。</p>

<p>私は、「娯楽は、示唆を与えなければ与えないほど良い」と思っている。</p>

<hr />]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="娯楽" /></entry><entry><title type="html">ファミレスとおばあちゃん</title><link href="pensee.netlify.app/poem/family-restaurant-old-woman/" rel="alternate" type="text/html" title="ファミレスとおばあちゃん" /><published>2024-04-26T00:00:00+00:00</published><updated>2024-04-26T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/family-restaurant-old-woman</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/family-restaurant-old-woman/"><![CDATA[<p>おばあちゃんがファミレス等々でご飯を食べている姿を見ると悲しい気持ちになる。ここでの「おばあちゃん」は祖母という意味ではなく、単に年老いた女性という意味。</p>

<p>なぜなのかを考えてみた。</p>

<p>老い・死への恐怖？生を感じられない。実際どうかは置いておいて、”貧困” を感じる。</p>

<p>特に未婚の息子がいると倍増する (そうでないとファミレス等々で外食しないようなというのもある)。</p>

<p>私自身、ご飯は生きるために仕方なくやっている感覚。お腹が空くと生活に支障が出るため、ものを食べている。もしくは、誰かと時間・話題を共有するために食べている。</p>

<p>1人でファミレスでご飯を食べるという行為は、食事という機会を捨てて「低血糖を補う応急処置」でしかない、という感覚が自分の中にある。</p>

<p>おばあちゃんがファミレスでご飯を食べるという行為は、残り少ないご飯を食べるという楽しみを「捨てている」ように見える。</p>

<p>男性の場合は、味濃いものが好きな人が多く、本当にファミレスのご飯が好きなケースがあると思っている。女性でそのケース (特に今の年老いた世代に) は少ないと考えている。</p>

<p>未婚の息子と2人で食べている姿を見ると悲しみが倍増するのは、自分の未婚の伯父2人がよぎるからかもしれない。それと、自分を重ねてしまう恐怖感。</p>

<p>結婚できないことの漠然とした恐怖はここから来るのかもしれない。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="貧困" /><category term="老い" /><category term="死" /></entry><entry><title type="html">嫌われる恐怖</title><link href="pensee.netlify.app/poem/fear-of-being-hated/" rel="alternate" type="text/html" title="嫌われる恐怖" /><published>2024-04-24T00:00:00+00:00</published><updated>2024-04-24T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/fear-of-being-hated</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/fear-of-being-hated/"><![CDATA[<p>「自分に帰属する理性」がないと感じることが多い。</p>

<p>自分の意見は、自分の中に飼っている人格の多数決なので、それは自分が決めたことではないという感覚がある。<br />
精神的に壊れた時期を超えて、ある程度自己決定感を感じるようになってきたが、まだそう思ってしまう。</p>

<p>余裕があり、頭がいいときは、配慮の行き届いた人間でいられる。<br />
老いなどにより、それが失われるのが怖い。</p>

<p>それがなくなると自分の価値がなくなるように感じる。</p>

<p>「根拠のない自信」 (と「無性の愛」、と言いたいところだが他力本願すぎる) が必要だ。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="意思" /><category term="意見" /><category term="決断" /></entry><entry><title type="html">幸せと感覚の鋭鈍</title><link href="pensee.netlify.app/poem/happiness-and-sensory-acuity/" rel="alternate" type="text/html" title="幸せと感覚の鋭鈍" /><published>2024-03-15T00:00:00+00:00</published><updated>2024-03-15T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/happiness-and-sensory-acuity</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/happiness-and-sensory-acuity/"><![CDATA[<p>感覚の鋭い人が損をしている気がする。</p>

<p>鈍感であれば、無駄なことを考えなくて済む（ように見える）。</p>

<p>感覚が鋭いほうがアーティスティックにものごとを見れるし、楽しめることも多いとは思う。<br />
でも、見なくて良い部分まで見えて疲れるというデメリットがある。</p>

<p>感受性の高さは、人を思いやる点では有利に働く。でも、人と接するときに情報量が多すぎて疲れる。</p>

<p>知らぬが仏で鈍感なほうが幸せな気がする。そうなったことないからわかんないけど。</p>

<p>でも鈍感であれば、「鋭敏な人がどう考えているか」なんて考えないか。</p>

<h2 id="ちょっと違うけど思い出したこと">ちょっと違うけど思い出したこと</h2>

<ul>
  <li>「鋭にして鈍」なれ</li>
</ul>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="感覚" /><category term="感受性" /></entry><entry><title type="html">自分の意思はどこに？</title><link href="pensee.netlify.app/poem/intentions/" rel="alternate" type="text/html" title="自分の意思はどこに？" /><published>2024-02-19T00:00:00+00:00</published><updated>2024-02-19T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/intentions</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/intentions/"><![CDATA[<h2 id="自分の意思">自分の意思</h2>

<p>持った意思・意見が本当に自分から発生したのか、自分の中に下ろしたキャラクターによって発生していて、それに極度に共感しているのか。</p>

<p>共感によってしか感情を理解できない欠陥。すぐ一喜一憂して疲れる。</p>

<p>幼児が他人の気持ちを理解できるようになるのはある程度育ってからで、最初は自分に置き換えないと理解できないと保育系YouTuberが言っているのを聞いたことがある。<br />
俺じゃん、って感じ。</p>

<p>周りに嫌われるのが怖くて思ってないふりをしているだけなのか。<br />
意思表示をした瞬間に責任が生じるのがいやなのか。<br />
よくない意思・感情を持っていることをプライドがあって認めたくないから見ないふりをしてきたツケが回ってきたのか。</p>

<h2 id="オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム">オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム</h2>

<p>オードリーのオールナイトニッポンin東京ドームを見なかった。どちらかというと見れなかったに近い感覚。</p>

<p>自分の意思がよくわからなかった。</p>

<p>自分が見たいから見たいのか。<br />
友達が見るから話をしたくて見たいだけなのか。<br />
騒いでいるオタクが痛々しく見えてその一員になるのが嫌だったから見たくないのか。<br />
お金に見合わないと感じたのか。<br />
恋人と会う時間を削るほどではないと感じたのか。<br />
激浅リスナー歴で参加するなんておこがましいと思ったのか。<br />
それ故に内輪ネタがわからないのが心配だったのか。<br />
マルチタスクができない性質を自覚しているがゆえに追っかけ再生がない不安・プレッシャーを感じたくなかったのか。<br />
次の日の朝起きれないことが不安だったのか。</p>

<p>よくわからない。今なら別に迷うくらいなら、2, 3時間で3千円くらいなわけだし、配信見ればよかったのにと思う。</p>

<p>感覚の鋭い人が羨ましい。特にそれを言語化できる人。</p>

<p>僕は「普通」の人間になりたい。親の教育の影響な気がする。<br />
親としては我が子がいじめられないためには仕方なかったと思う。</p>

<p>でもそれが根底にずっとあって苦しい。ラッセルが言ってたみたいに呪縛になってる。</p>

<p>親からの呪縛でいうと失敗への恐怖 (完璧主義と私が言っている部分) がある。<br />
芸能人のゴシップで悪口を言われ続けてる。失敗してはならない。</p>

<p>芸能人がある1つの欠落があっただけなのに人間として否定されているのを見てきた。<br />
不倫をした芸能人の出ている番組は見たくないとか、ネットで叩かれていたりとか。</p>

<p>だから自分が普通の人間として社会に受け入れてもらうためには全人類から嫌われないことが必要＝人間として不備があってはいけない。</p>

<p>それが乗じて、自分の嗜好を伝えるのが苦手なのだと思う。自分の感覚に自信がない。</p>

<p>中3デートのときに男子3女子3のデート？みたいな何かに行ったときにファッションをいじられたこと、<br />
同級生の父親に自分の好きな芸能人を「ありえない、見る目がない」と否定されたこと。</p>

<p>だから「普通」の人間になる・社会に受け入れてもらうには、自分の感覚を無視して、<br />
社会 (もしくは属しているコミュニティー) の平均値を取るのが最適解だと考えるようになった。</p>

<p>それを続けてきたらそれなりに社会に溶け込めるようになったが、自分の心の聞き方忘れちゃって心を壊しかけた。自己肯定が全くできなくなった。自分の感覚を上塗りすることを続けてきたから。<br />
大学院生まではこの方法でギリギリなんとかなっていたが、就活でさらに自分の思ってないことを自分が思ったことのように喋ることと続けた結果、完全にわけわからなくなった。</p>

<p>禿げた。</p>

<p>感覚を取り戻すために、好きと思ったものに浸かってみることにした。</p>

<p>カフェで朝ごはん食べてみたり。通学中、英語の勉強や論文を読むのではなく、シャーロック・ホームズを読んでみたり。レモン系の芳香剤を家に置いてみたり。</p>

<p>自炊をしなきゃダメだとか、研究者として生き残るには勉強し続けないとだめだとか自分で呪いをかけてたなぁ。</p>

<p>自己肯定感系の本に、五感を取り戻すといいよ、って書いてあった。自己肯定には5つの要素があると書いてあった。詳細は忘れたが、自己決定感がないことが問題だと思った。だから自分の意思 (だととりあえず思ったこと) を、たとえ0.01みたいなものであったとしても、自分の責任でそれを選択することを続けた。</p>

<p>最初はどうしても打算的なことしかできなかった。”タメ”になること。他人からの評価が上がること。ぶっちゃけコーヒーも古典名著を読んだのも動機はそうだった。趣味で話せたほうが社会で馴染める。</p>

<!-- 続く -->]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="意思" /><category term="共感" /><category term="決断" /><category term="責任" /></entry><entry><title type="html">独占欲</title><link href="pensee.netlify.app/poem/possessiveness/" rel="alternate" type="text/html" title="独占欲" /><published>2024-02-16T00:00:00+00:00</published><updated>2024-02-16T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/possessiveness</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/possessiveness/"><![CDATA[<p>自分に独占欲があると認めたくない。<br />
独占欲なんて愚かだ。</p>

<p>恋人のことは縛ろうと思わない。<br />
多少心が揺れたとしても戻ってきてくれればよいと思っている。51%以上自分のことを想っていてくれれば良い。</p>

<p>どちらかというと友達(なんなら上司や知人レベルの人でも)に対してのほうが独占欲 (のようなもの) を感じる。</p>

<p>自分の好きな友達が自分を誘ってくれないだけでモヤッとした気持ちになる。<br />
そんな友達がインスタで他の人と遊んでいるだけでマイナス感情が働く。</p>

<p>相手が自分のことを本当に好きなのかがどうしても気になる。</p>

<p>あげたものを返してほしいのか、自分に自信がないから自己肯定を他人によって満たそうとするのか。<br />
いずれにせよ性格が悪くて嫌になる。</p>

<p>自分が1番でないことを目の当たりにするとショックを受ける。</p>

<p>全員に対して1番になれないなんて当たり前なことはわかっている。<br />
単純に複数人友達がいたら全員が自分を1位に据えるわけない。どんなに容姿端麗なアイドルだってアンチがいるみたいに。</p>

<p>友達には複数の友達がいる。自分は相手が好きなので付き合っているわけだし。</p>

<p>しかも自分が複数友達を持ったとしたら、どうしても順位のようななにかが生じてしまうわけで、お互いに1位じゃないと不平等な感じがある。<br />
そもそも順位とか不平等とか考えている時点で人間失格なのかも。</p>

<p>友達のほうが、と書いていたが、恋人の件も例外じゃないのかもしれない。<br />
彼女は交友関係リソースを自分へ51%以上注いでくれていることを確信できるから独占欲・嫉妬を感じないのではないか。</p>

<p>自己肯定感が低いからか、完璧主義の名残か。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="独占欲" /><category term="友達" /></entry><entry><title type="html">やりたいことは？</title><link href="pensee.netlify.app/poem/what-i-want-to-do/" rel="alternate" type="text/html" title="やりたいことは？" /><published>2024-02-16T00:00:00+00:00</published><updated>2024-02-16T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/what-i-want-to-do</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/what-i-want-to-do/"><![CDATA[<p>やりたいことを問われた。なんでもいい。<br />
文脈から想像するに、「それをやるためには健康が必要だよね！」ということを認識させるためだけのものだった。</p>

<p>だから、適当に書こうと思った。けど、書けなかった。</p>

<p>なんでだろう。</p>

<p>やりたいことはある。スマホアプリ作ってみたいとか、好きな人と時間を共有したいとか。</p>

<p>思いついてはいた。<br />
でも書けなかった。</p>

<p>見え透いた誘導に天邪鬼を発揮しただけなのか。<br />
変な真面目さが出て、具体的事実ではないから回答として不適切だと考えたのか。<br />
本当のやりたいことではないからなのか。</p>

<p>外面を守りたかっただけのような気がする。<br />
好きな人と時間を共有したいとか寒すぎる・ダサすぎると言われそう。悪口を言われたくないな。</p>

<p>これも本当にそう思っているのかわからない。</p>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="やりたいこと" /></entry><entry><title type="html">僕にとっての “ティファニー”</title><link href="pensee.netlify.app/poem/my-own-tiffany/" rel="alternate" type="text/html" title="僕にとっての “ティファニー”" /><published>2024-02-14T00:00:00+00:00</published><updated>2024-02-14T00:00:00+00:00</updated><id>pensee.netlify.app/poem/my-own-tiffany</id><content type="html" xml:base="pensee.netlify.app/poem/my-own-tiffany/"><![CDATA[<p>“ティファニーで朝食を” という小説がある。</p>

<p>ヒロインのホリデー・ゴライトリーは気持ちが「アカ」くなるときがあるという (英語ではThe mean reds) 。そんなときはティファニーのような空間に行きたくなるのだという。</p>

<p>彼女の「アカ」さと、自分の心のざわつきが全く同じだとは思わないけど、なんとなくわかる気がする。</p>

<p>なんとなく、気持ちが沈んでいる感じ。何かがあったわけではない。<br />
頭がごちゃつく。</p>

<p>そういうときに自分で自分のご機嫌を取れるようになりたい。</p>

<h2 id="思い出した本">思い出した本</h2>

<ul>
  <li><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/410209508X">ティファニーで朝食を</a></li>
  <li><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4101035415">暇と退屈の倫理学</a></li>
</ul>]]></content><author><name>yu9824</name></author><category term="[&quot;poem&quot;]" /><category term="ティファニーで朝食を" /><category term="カーポティ" /><category term="小説" /></entry></feed>