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おばあちゃんがファミレス等々でご飯を食べている姿を見ると悲しい気持ちになる。ここでの「おばあちゃん」は祖母という意味ではなく、単に年老いた女性という意味。

なぜなのかを考えてみた。

老い・死への恐怖?生を感じられない。実際どうかは置いておいて、”貧困” を感じる。

特に未婚の息子がいると倍増する (そうでないとファミレス等々で外食しないようなというのもある)。

私自身、ご飯は生きるために仕方なくやっている感覚。お腹が空くと生活に支障が出るため、ものを食べている。もしくは、誰かと時間・話題を共有するために食べている。

1人でファミレスでご飯を食べるという行為は、食事という機会を捨てて「低血糖を補う応急処置」でしかない、という感覚が自分の中にある。

おばあちゃんがファミレスでご飯を食べるという行為は、残り少ないご飯を食べるという楽しみを「捨てている」ように見える。

男性の場合は、味濃いものが好きな人が多く、本当にファミレスのご飯が好きなケースがあると思っている。女性でそのケース (特に今の年老いた世代に) は少ないと考えている。

未婚の息子と2人で食べている姿を見ると悲しみが倍増するのは、自分の未婚の伯父2人がよぎるからかもしれない。それと、自分を重ねてしまう恐怖感。

結婚できないことの漠然とした恐怖はここから来るのかもしれない。